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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)79号 判決

原告

桂秀光

被告

東京都人事委員会

右代表者委員長

舩橋俊通

右訴訟代理人弁護士

浜田脩

右指定代理人

田中庸夫

高橋善彦

久原京子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告

被告が原告に対し昭和六二年四月八日付けでした同年三月一六日付けの行政措置要求を却下する旨の決定及び同年四月二二日付けでした同年一月三〇日付けの行政措置要求を却下する旨の決定をいずれも取り消す。

二  被告

主文と同旨

第二事案の概要(一ないし三の各事実は当事者間に争いがない。)

一  原告は、東京都立大森高等学校(以下「大森高校」という。)に教諭として勤務していた。

二1  原告は、被告に対し、昭和六二年一月三〇日付けで、次の内容の措置要求をした(以下「第一の措置要求」という。)。

(一) 原告が昭和五七年五月二四日対教師暴力の被害者となり負わされた傷害の治療を受けるために休業したこと及び症状悪化のため休業したことについて、大森高校の校長及び教頭が脅迫的言動により原告の休業を公傷扱いにせず、無理やり私傷扱いにしたことを中止させろ。

(二) 公務上の災害により傷害を負わされ現在も完治していない原告に対し、不当で違法かつ不統一な取扱いを、大森高校校長、同教頭、同事務長、東京都教育委員会、地方公務員災害補償基金東京都支部長及び東京都知事が行うことを中止させろ。

2  被告は、昭和六二年四月二二日付けで右措置要求が不適法であるとして、勤務条件に関する行政措置要求の審査に関する規則(昭和三九年東京都人事委員会規則第一二号)五条の規定に基づき、原告の要求をいずれも却下する旨の決定をした(以下「第一の決定」という。)。

三1  原告は、被告に対し、同年三月一六日付けで、「東京都、東京都教育委員会若しくは大森高校校長は、昭和六二年度以降も原告の週当たりの持ち授業時数の軽減措置を行え。」との措置要求を行った(以下「第二の措置要求」という。)。

2  被告は、同年四月八日付けで、右措置要求が不適法であるとして、前記規則五条の規定に基づき、原告の要求を却下する旨の決定をした(以下「第二の決定」という。)。

四  本件の争点は、原告の要求事項が措置要求の対象となるか否かである。

第三争点に対する判断

一  地方公務員法四六条は、職員が給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができると規定する。

右の趣旨は、同法が職員に対し労働組合法の適用を排除し、協約締結権及び争議権等の労働基本権を制限したことに対応して、職員の勤務条件の適正を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会等の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし法的利益として保障しようとするものである。このような制度趣旨及び同条が「給与、勤務時間」を例示していることに照らせば、措置要求の対象となる事項は、職員の経済的地位の向上に関連した事項に限られるものと解すべきである。また、右のような制度趣旨からすると、予算執行権や人事権等の管理運営事項は、権限を有する地方公共団体の機関が専権的に決定することのできる事項であって、もともと団体交渉によって処理すべき事項ではないから、措置要求の対象とはならないと解すべきである。更に、人事委員会は、勤務条件について職員から措置要求があった場合に、事案を審査、判定し、その結果に基づいて、その権限に属する事項については自ら実行し、その他の事項については当該事項に関し権限を有する地方公共団体の機関に対し必要な勧告をし、当該職員に関係のある勤務条件の適正化を図るものであるから(地方公務員法四七条)、措置要求の対象事項は、被告又は地方公共団体のその他の機関の権限の及ぶものでなければならない。

そこで、本件各措置要求事項が、右のような意味での「給与、勤務時間その他の勤務条件」に該当するか否かを以下検討する。

二  第一の決定について

1  第一の措置要求のうち、(一)の要求について

右要求は、原告が昭和五七年六月及び昭和五九年一一月に公務上の災害と認定された傷病について、地方公務員災害補償基金東京都支部長から昭和六一年七月中旬をもって治ゆしたと認められるとの通知を受けたことにより、治ゆしたと認められた日以降の原告の休業を大森高校校長らが私傷扱いにすることを中止させ、公傷扱いにするよう求めた趣旨のものと認められる(弁論の全趣旨)。

原告は、公務上災害にかかる補償は労働基準法や地方公務員法の趣旨からすると、雇傭主である東京都が行う義務があること、右措置要求は公務災害補償制度が有効に機能していないことが根拠となっているのであるから、その原因を調査し、有効に機能するよう勧告を出すか、原告の雇傭主に対し、直接原告の補償や保護をするよう勧告を出すべきであることから、措置要求の対象となる旨主張する。

しかしながら、地方公務員の公務上の災害(負傷、疾病、障害又は死亡)に対する補償は、地方公共団体に代わって地方公務員災害補償基金が実施することになっている(地方公務員法四五条、地方公務員災害補償法一条、三条、二四条)。これは、公務上災害の補償は、本来的には地方公共団体が行うべきであると考えられるが、補償の統一的、迅速かつ公正な実施をするため、基金制度を設け、地方公共団体とは別の法人である地方公務員災害補償基金が補償(公務上の災害であるかの認定等を含む。)を実施することとしたものである。右のような地方公務員の災害補償制度の認められる趣旨からして、職員の負傷又は疾病による休業を公務上の傷病によるものとして扱うか否かの所属長の判断は、地方公務員災害補償基金又はその機関が行った判断あるいは認定に拘束されるものと解するのが相当である(なお、地方公務員災害補償基金又はその機関が行う治ゆ認定の通知が抗告訴訟の対象となる処分に該当しないということは、右のように解することを妨げるものではない。)。そうすると、原告の右要求は、結局、公務上災害と認定された原告の傷病について、昭和六一年七月中旬をもって治ゆしたとの地方公務員災害保障基金東京都支部長の認定の是正を求めているといわざるを得ない。そして、地方公務員災害補償基金は、地方公務員災害補償法に基づいて設置された法人であり、同基金東京都支部長はその機関であるところ(地方公務員災害補償法三条、四条、二四条)、同基金及びその機関は、東京都の機関ではないから、被告にその勧告の権限はない。

したがって、右事項は措置要求の対象事項とはならないのであるから、原告の右措置要求は、地方公務員法四六条の「勤務条件」に関するものにあたらず、不適法である。

2  第一の措置要求のうち、(二)の要求について

右要求は、原告の公務上災害と認定された傷病が治ゆしていないことを大森高校校長らに対し認めさせようとするものであると認められる(弁論の全趣旨)。このような事項は、1に説示したところと同じく措置要求の対象とはならない。

また、地方公務員災害補償基金東京都支部長は、地方公務員災害補償基金の機関であり、東京都の機関ではないから、被告が同支部長に対して何らかの勧告をする権限を有せず、右要求のうち同支部長に対する部分は不適法である。

更に、原告は、右措置要求において噴火後の大島に出張したいとする原告の申請が拒否されたことを違法又は不当と主張したが(弁論の全趣旨)、右は原告の経済的地位の向上に関連する事項であるとは認められないのみならず、教職員に出張を命じるか否かは、所属校の校長が専ら判断し、その結果について責任を負うべき管理運営事項であると解されるから、措置要求の対象とはなり得ないというべきである。

したがって、原告の右措置要求は、地方公務員法四六条の「勤務条件」に関するものにあたらない。

三  第二の決定について

原告は、第二の措置要求において、東京都、東京都教育委員会又は大森高校校長が原告に対し、昭和六二年度以降も週当たりの持ち授業時数を軽減することを求め、そのために非常勤講師の採用、理科担当の常勤教員数の増加及び教頭を理科の教員にするなどの措置を実施するよう要求したことが認められる(弁論の全趣旨)。

原告は、教員の週当たり持ち授業時数が精神的、肉体的疲労度に関係する勤務条件に該当する旨主張する。

ところで、高等学校の校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する(学校教育法五一条、二八条三項)ことを職務としているが、教員の週当たりの持ち授業時数をいかに措置すべきかは、右の校務に属するものと解するのが相当である。したがって、原告の昭和六二年度以降の週当たり持ち授業時数をどうするかについては、大森高校校長が学校教育上の専門的見地から、教員の構成、希望、能力、学校の運営全般等を考慮して専ら判断し、その結果について責任を負うべき事柄であり、管理運営事項であると解される。また、非常勤講師の採用、常勤教員の数及び教頭の担当教科をどうするかは、東京都教育委員会あるいは大森高校校長が学校の運営全般等を考慮してその判断と責任において処理すべき事項であるから、このような事項は、措置要求の対象にはならないと解するのが相当である。

したがって、原告の第二の措置要求は、「勤務条件」に関するものにあたらないから、不適法である。

四  以上によれば、第一及び第二の措置要求は、いずれも不適法であり、これらを却下した第一の決定及び第二の決定はいずれも適法である。

したがって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹内民生)

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